今日は、朝から出張でした。
お出かけの場所はとにかく多く、デスクワーク中心の私にとって早朝からの出張はなんとも堪えるものです。
さて、久々に高校の先輩方と会食をすることになった。
工業出身というだけで、話題になるほど長崎工業高校出身という方が多い。
今日の出席者は私と、同じ科の先輩Sさん、さらに先輩でもあり、恩師でもあるJ科長Y先生。
(今回はあえてイニシャルにします。わかる人にはわかるでしょう。)
さて、Y先生との出会いは入学式に挨拶した衝撃的な発言は今でも忘れない
当時からパソコン少年だったぼくにとって、希望に満ちた入学式でトンデモ発言に周囲を驚かせた。
私が入学した年に学科主任(通称:科長)に就任したY先生。
そこで挨拶した言葉がつぎの一言だった。
「俺はコンピュータのことはわからんがよろしく!」
って言う言葉は誰もが唖然とした一言だったのですが、今でも伝説の一つです。
実際、工業の授業でコンピュータを使う事は非常に少なく、当時から進学コースを選んだ自分は、さらにコンピュータの授業がさらに減る始末。
そんなはちゃめちゃな高校時代だったのですが、この先生の人気はどこにあったのか。
何ともぶっきらぼうで型破り。本当に先生?と呼べる人物か?というにも関わらず、未だに街角で声がかかるという。
先生の魅力はいったいどこにあるのか?迫ってみた
今日、偶然にも中国から来たアルバイトの女性に中国語で話しかける先生
(あくまでも電気/電子が専門の工業科の先生です。念のため)
流ちょうに話し先生の中国語が自分にとって驚きの一言。
アルバイトの女性は、先生に対し「なんて上手な中国語ですね」と日本語で答える。
これもこれで驚いた。(ネイティブな中国人が驚くのだから2度驚きである)
一緒に同席した先輩はこの事実を意外に感じたようだっただ、前述の通り私は、高校生だった当時から
「中国語研究をしているんだ」という言葉をしっかり覚えていて良く中国語の歌を学科交歓会で披露したものだった。
(ざっと計算しても約18年前の事である)
現役を引退した後も、中国語・韓国語・英語とマルチリンガルに学習している先生の姿は自分たちがなんと無駄な事をしているのだと思うばかりである。(毎日ラジオで語学講座を聴講しているという)
これだけではない。
日々の出来事を毎日日記に綴っている。本にしてすでに20年以上一日も休まずつけているという。
目立った病気もなく、けがもせず、今でも朝から夕方まで電気関係の業務に従事している姿はまさに目指すべきところにすら思う。
自分がこうやって日々の出来事を綴るのもそういう姿を見ているからだろうか。
このご時世「先生」と本当に呼べる人物は正直多くない。
冗談半分で先生と呼称する事はあるが、「人生の師」と呼べる人物はこの先生を含め数人もいない。
その姿はまさに師ともいえるだろうか。
先生は、「俺は凡才だから能力はない」といつも言う。
しかし私は「続けて行くその努力こそ尊敬に値する」と思う。
自分が先生と同じ歳になったとき、今の自分の世代の人たちはいったいどう思うのだろうか。
「継続は力なり」
「努力に勝る天才なし」
この2つを見せつけられた様に思う。
今日も勉強になりました。